おじさんがおじさんになるまでの話

おじさんは昔おじさんではなかった。それどころか、男の子でさえなかった。男の子に生まれなかったおじさんが、いかにしておじさんになったかを少しずつお話ししていきます。

お腹を開けて

ごきげんよう、本記事のタイトルを新井素子さんの代表作風にキメてみたおじさんです。

おじさんが書いたアレはもうごらん頂けたでしょうか。まだの人はごらんよごらんなさいよ。短くてお安いよ!

さて、宣伝もしたところで、続き。

内性器摘出術のお話をしていました。タイという国まで出かけての手術です。おじさんの生まれてはじめての海外旅行の目的は、お腹を切って内臓を取り出すことだったのです。

どんどんドンムアン

何とか飛行機に乗って、降り立ったのはドンムアン空港でした。当時の「バンコク国際空港」です。空港コード「BKK」だったのですが、2006年にスワンナプーム国際空港が開港、それを機に「BKK」はスワンナプームに譲られました。

おじさんがはじめて降り立った外国がここでした。飛行機の気密ドアが開いた途端に東南アジアの香草独特の匂いがするあたたかい空気に身体が包まれます。

おじさんが乗った飛行機は18時出発、到着が23時。日本からタイまでは飛行機で5時間かかるんです。直行便です。到着すると23時なんですが、タイと日本の時差は2時間。だから現地時間では翌日の午前1時です。真夜中。

f:id:oji-3:20200504182911j:plain スワンナプーム空港のヤック像(ドンムアンの写真はない)。

空港の到着ゲートを抜けたところでアテンド会社の現地スタッフが待ってくれています。日本語が喋れるタイ人スタッフです。挨拶もそこそこにお迎えの自動車に乗せてもらいます。

このときのスタッフさんは若い女性でした。Nさんとしましょう。Nさんが自分で運転してホテルへ連れて行ってくれました。ホテルは自動車で1時間ほど走ったところです。というのも、ドンムアン空港バンコク市中心部から1時間ほどの場所にあるからです。空港というのは郊外にあるものです。

明日は朝10時にフロントロビーで待っててくださいとの指示をもらって、Nさんと別れました。気がしっかりしていればいつも通り二度三度、時間と場所を確認するのですが、何しろ頭がくらくらしていて、5時間も密閉空間にこもってじっとしていて疲労しきっています。はいはい、くらいの返事で部屋に行きます。

ホテルのボーイさんが荷物を運んで部屋に案内してくれます。ボーイさんにはチップを渡すべきなのですが、チップの習慣がない日本人なもので、おじさんは渡すタイミングが掴めず、ボーイさんと別れてしまいました。ごめんね、とドアに向かって言いました。

ホテルは特に旧いとか汚いとかではなかったのですが、風呂のカランをひねると最初の数分間だけ茶色い水が出て、何だか明るめの色のゴが1匹、バスタブのわきを走り抜けました。日本にいると「げ」と思うかもしれませんが、海外では当たり前くらいに思っておくのがいいです。

入院そして円筒スカート

朝10時にNさんが来てくれるはずだったのですが、10時過ぎても来ねえ いらっしゃらない。ここで昨夜、時間と場所を確認しなかったことを後悔するのです。Nさんの日本語に外国語訛りがあったこと、Nさんがやけに急いで立ち去ってしまったこと、おじさんがくらくらしていたことなどが重なって、言い渡された時間になっても会えない不安になっている訳です。確認はしよう(教訓)。

ほんとはこの日、朝食を食べてはいけなかったんです。手術当日だから。けれどもそれも伝えられていないし、なかなか会えねーし、迎えに現れたのはNさんではなかったし、もー。

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この日現れたアテンド会社のスタッフはMさん。アテンド会社のwebサイトにも写真が掲載されている、同社利用客のすべての面倒を見ている女性です。

Mさんの運転で向かったのはヤンヒー病院。そのスジではつとに有名な病院です。この病院のS医師が性別適合手術では世界的に名の通った外科医なんです。何せ毎日のように手術してますからね。

しかし、おじさんはS医師とは会いません。内性器摘出術というのは性別適合手術ではありますが、やってることは子宮筋腫などの手術と同じなので、産婦人科の医師が行います。

病室を割り当てられて、荷物を置いて、貴重品をセキュリティボックス(鍵がかかる金庫みたいなもの)に入れたら入院着に着替えるよう指示されます。入院着の上は日本でも見られるような前合わせの服なのですが、下がはじめて見るもの。

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円筒です。円筒状の布。円筒に身体を通して、腰の辺りで結んだりしてとめます。巻きスカートのように着るんですね。タイではありふれたものなのか、何の説明もありませんでした。わかんないので看護師さんに訊きました。

ヤンヒー病院の看護師さんは全員、英語が話せます。会話は英語でOK。しかし、おじさんは英語で会話したことがありません。ヒアリングもスピーキングもない頃の英語教育しか受けてないし。英検4級だし。

でも何となく通じ合えるもので、片言英語と身振りで得たい答えは得られました。看護師さんが着付けてくれたのです。

そして婦人科で受診。おなじみの開脚診台にすわります。日本の婦人科だと腰の辺りにカーテンをかけてくれたりしますが、ヤンヒー病院ではありませんでした。自分の両脚の間から医師が顔を出して「Hello」とか言ったので、おじさんも股の間に「Hello」と返しました。

ラテックス手袋つけた手を突っ込まれるなどして、異常なしの診断を受けます。14時から手術と告げられ、病室へ戻ります。このとき正午。間もなく看護師が2人来て、2人がかりで剃毛してくれました。このときは石鹸つけて、T字剃刀で剃ってくれたと憶えています。

手術はあっさり

13時30分くらいにストレッチャーがやってきて、寝ろと言われて寝ました。寝るとストレッチャーが別の階にある手術室まで移動。救急医療のドラマに、緊急手術を要する患者が運ばれるシーンてありますよね。看護師が何か叫びながらストレッチャー押して手術室へ駆け込むやつ。あのシーンの人になった気分になれます。

OPERATION ROOM」と表示がある扉の奥へと入ると、そこは手術待機室。小柄な白衣女性がいて、めっさほがらかに訊ねてきます。

「Can you speak Thai?」
「No」
「English?」
「……A little」
「Ok,ok」

おじさんちょっと見栄張っちゃったかな。と自分で思いました。「A little」どころか、おじさんが常にひねり出せる状態にある英語なんて、中学英語止まりです。

この病院はタイにあって、職員はほとんどタイ人で、だからタイ語が話せれば一番意思疎通しやすいでしょう。しかしこの病院は外国からの患者を多く受け容れているので、看護師はじめ職員はみな英語を話せます。という訳で、「英語は話せるか」と訊ねてきた訳です。

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英語がいくらかわかると伝えますと、脈拍だの血圧だのを測ると同時に、本人確認されます。手術の経験がある人はわかると思いますが、名前や生年月日、血液型、何の手術を受けるのかを訊ねられるので、口頭で答えます。

英会話を学んだことがなくても、これくらいの会話ならおじさんにもわかります。喋りがカタカナ英語でも何とか通じます。

イージーリスニング曲がBGMとして流されていました。術前測定が終わるとストレッチャーごと手術室に移動。手術台横にストレッチャーがつけられ、ストレッチャーから自力で手術台に移ります。

心拍計や心電図の電極、点滴などなどがおじさんの身体に接続されていきます。この状況になると「あーもー逃げらんないなー」という気になりました。麻酔のマスクが口許に当てられて……すると実に速やかによどみなくまったくスムースに、おじさんは入眠しました。眠ったのです。

次に気がついたのは、手術室の外でした。本人確認された部屋。白衣の女史が起こしてくれたのです。何と手術が終わってたんですよ。下腹に鈍い痛みはありましたが呻くほどでもなく、おじさんは直ぐに女史に時間を訊ねました。5時10分だと答えがありました。手術が午後2時30分頃からだったので、手術は3時間程度だったということです。

おじさんは既にストレッチャーに乗せられていて、そのまま病室へ運ばれました。

病室で改めて点滴の針が右手に打たれて、点滴には「ペインフリー」と呼ばれるモルヒネ系の麻酔もじわじわ入るようにセットしてもらっていたので、術後の痛みはあまりありませんでした。

えっ

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と思うよね! 手術の話が全然ないじゃん!て思うよね! でも、おじさん麻酔で寝てたから手術の内容は全然知らないんだ! あっはっはー(あっはっはじゃねえ)。

実に速やかに意識が消えて、実にさわやかに目が覚めたと思ったら、もう終わってたんだ! おじさんだってびっくりしたんだ。

次からは手術の予後について、ぼちぼちとお話ししていきます。予後の方が手術そのものよりも大切かもしれません。多分、手術そのものは、誰が受けても寝てる間に終わるものなので。

 

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