おじさんがおじさんになるまでの話

おじさんは昔おじさんではなかった。それどころか、男の子でさえなかった。男の子に生まれなかったおじさんが、いかにしておじさんになったかを少しずつお話ししていきます。

もう歩く

ごきげんよう、いまだにリリー・フランキーさんと吉田鋼太郎さんを見分けられないおじさんです。

人生三十余年にして自分の内臓を見てしまったおじさんですが、驚くのはそれだけにとどまらなかった。

というのが、今回のお話です。
知らないことなんて世界にはたくさんあるね。と言うより、世の中知らないことだらけで知っていることなんて塵ほどしかないんだ、ということが三十路に立ってからひしひしと感じるようになりましたなあ。

Try to walk!

お腹を切って子宮と卵巣を抜き取った翌々日のことです。

病院の朝は6時からはじまります。6時過ぎたら看護師がどんどん病室に来ます。寝坊している暇はない。検温とか血圧測定とかどんどん来ます。この日、おじさんの部屋には検温の看護師の次に、別の看護師がやってきました。

南北戦争直後くらいのアメリカを舞台にした映画に出てくる恰幅のいいメイドさん」を思わせる恰幅のいい看護師は、身振りで「ハッハッ」と速いペースで呼吸するようにとおじさんに指示しました。おじさんがそのようにすると、一気に導尿カテーテルが引き抜かれました。

ずんばらりん。

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て感じで、直径8mmほどありそうな太いゴムチューブのような管がおじさんの股間から抜け出たので、おじさんはびっくらこきました。カテーテルって、もっと細いものだと思ってた。そんな太いものが挿入されている感覚がなかったのです。

尿バッグの中身をトイレで処理して、看護師はおじさんに言いました。

「今日から何を食べてもいいよ」

昨日まで「水を少しなら」だったのが、今日から「何でもOK」になったのです。

昨日おかゆ食ってたじゃん。と思った方もおられましょうが、これはもちろん病院が用意する食事以外に、という意味です。

そして引き続き、看護師はこうも言いました。

「Try to walk!」

歩いてみなさい? 一昨日お腹を切ったばっかりですよ?

カテーテルと尿バッグが外れたので、もう自由に動きまわれるのですが、寝返りもじわじわとしかできないのにベッドを降りて歩くなんて……だからおじさんは、看護師が退室してもベッドから降りませんでした。

このときのおじさんは手術から中一日で「歩け」と言われたことにびっくりした訳ですが、現在では(中一日かどうかは別として)日本でも術後は早めにベッドから降りて歩くように指導するらしいです。

特におじさんの手術は、身体が病気という訳でもなく、傷が入っただけです。傷を治すには身体を動かした方が治りが早いのだそうな。

トイレの大冒険

「try to walk」と言われてもベッドを降りる気にならなかったおじさん。しかし尿バッグが外れたということは、膀胱に尿がたまり続ける訳で。

トイレに行かねばならない。ベッドを降りねばならない。ベッドに仰向けになっていたおじさんは、おそるおそる、じわじわと右側へと寝返りを打ちます。そーっと、そーっと。「秒速5センチメートル」ならぬ分速5センチメートルくらいのじわじわ感。

お腹に力が入るのが怖い訳です。でもね、日常の動きの中で腹筋を使わない動きなんてほぼないのです。

寝返りができたら、今度はベッドの背を起こす機能を補助に使いながら身体を起こして、ベッドに腰掛ける姿勢になります。ゆっくり足を床に下ろして、片足ずつそーっと体重をかけていく。この間もお腹の傷にははげしくないものの痛みがあります。

何分かかったことか、両足で立つことができました。トイレまで歩かねばなりません。

歩くとき、一方の足に体重を寄せて、もう一方の足を持ち上げて、さらに前に出して、前に出した足に体重を移動して、残った足を地面から離す、ということをしますね。みなさん普段は全然意識してないでしょうが、これらの動作は、みんな腹筋を使ってやっています。

つまり、常に「お腹の傷ぱっくり」の危険をはらんでいるのです。いや、医者はきちんとくっつけてくれているのだろうから怖がりすぎなのかもしれないのだけど、少なからず痛みはあるし、怖いのです。

普通に歩けば数秒でたどりつくだろう、ベッドから見えているドアまで歩く時間の長かったことよ。そして、トイレにたどりついたらおしまい、ではないのです。

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洋式トイレに腰かける。これが難関です。「前傾して中腰になる」という過程がどうしても必要になるのですが、この姿勢はものすごく腹筋に負荷がかかります。特に手術で切った辺りに力を入れなくてはならないのです。

術創を手で圧迫しながら(こうするとあんまり痛くない)、そーーーっと腰を下ろします。どすんとすわるのも怖いので。便座に尻がつくとようやく安心。しかしすわっただけでは目的は果たされていません。目的は排尿なのですから。

これもみなさんあまり意識していないと思いますが、排尿にも腹筋を使うんです。下腹にちょっと力を入れないと尿なり便なりは出てこないようになっているんですね人間の身体は。

しかし尿は思いのほか楽に出てくれました。安堵。さて、排尿が終わったら、今度はこれまでに踏んだ手順を逆転させてベッドに戻らねばなりません。気が遠くなるネ!

せっかくベッドから降りたので、すぐに寝てしまうのもナニだなと思って、トイレ後に病室の壁から壁までを2往復ほどしてみました。これがよかった。

ゆっくりじわじわーっとですが、歩くことができました。「できた」という体験は自信につながります。ああ、歩けるんだなあ、と思いました。この後も、同じような短距離を一日に何度か歩く生活を退院まで続けます。

ばっしばし抜糸

入院は4日間で、5日目に退院しました。「try to walk」の翌々日に退院した訳です。

しかし退院したからと言ってすぐに日本に帰国する訳ではなく、1週間ほどバンコク市内に滞在して養生します。滞在のための宿はアテンド会社が用意してくれているので、そこで帰国までを過ごします。

退院してから帰国までの時間は自由時間です。どこで何をしていてもいいので観光なんかもしていいのですが、身体に負担をかけないように、アテンダントさんや病院と常に連絡が取れるようにしておかなければなりません。

観光ではなくあくまで「治療」のために渡タイしてきたのですから、養生第一です。宿からあまり遠くには行かないのが吉。……と言いつつ、おじさんもBTS高架鉄道)に乗ってウィークエンドマーケット(露店市)に行ったりしたけど。

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▲ウィークエンドマーケットの様子(おじさん撮影)

おじさんが滞在したホテルはソイ・サラデーン1通り沿いにあって、繁華街のシーロムが近かった。そこまで散歩に行くという毎日でした。ほかに特にすることがないので、毎日歩いていました。

毎日歩いていると、次第に歩くことへの怖れがなくなってきます。滞在は術後1週間ほどでしたが、帰国の頃にはほぼ普通に歩けるようになっていました。

退院してから4日目、手術の日から8日目に、久し振りに病院へ行きました。この日が抜糸なのです。病院への送迎やら病院で必要な手続きはアテンド会社のMさんがすべてやってくれたので、おじさんはついていくだけ。

さて、処置室のベッドにお腹を出して寝るようにと指示されてそのようにします。術創を覆っていたガーゼを外して、患部を消毒。そこまで看護師がやってくれて、その状態で執刀医を待ちます。

5分10分は待つこともあるでしょうよ。と思っていたのだけど、待ったのは5分10分どころではなかった。

20分? 30分? お腹を出したままずっと待ってました。

実はタイの病院では(タイの病院全部かヤンヒー病院だけなのかは知らないけど)、医師が来なくて待たされるというのはよくあることです。退院のときも待たされたし、次の渡タイ時にもやっぱり待たされたし、「待たされるのが当たり前」と思っておくのがいいです。

やっと来た執刀医はおじさんのお腹の傷の辺りを、術日の翌日の回診でしたように、指で二、三度押しました。それから、傷の両端の糸をぴっぴっと切って、おしまい。

「傷は大丈夫。少し内出血があるが放っておいても平気。ガーゼももう必要ない。シャワーを浴びてもよい。もう通院しなくてよい」

と執刀医が仰ったおじさんのお腹の様子はこんな感じ。

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横一文字に切開した痕が残っています。切ってから1週間ほどですからね。傷痕があって当たり前です。へその下10cmくらいの部分です。

逆に、切り開いて中身を出した後でも、1週間経つとこうしてくっついてしまうんですね。生きてる身体の治癒力すごい。

しかも、しかも。

このお腹の傷は、全部は縫っていないんです。縫ったのは両端2針ずつくらいで、ほかは医療用の糊でくっつけたのだそうです。だから抜糸も「ぴっぴっ」で済んだのです。

傷をくっつけるのは針と糸だけじゃなくなってるんですよ。のちの手術で、おじさんは医療用のステープラー(ホッチキス)と出会うことになります。それはまた別の記事で。

お腹の手術はこれにて

抜糸から4日後の飛行機でおじさんは帰国しました。帰国までは消化試合みたいなもので、シーロムまでの毎日の散歩以外はホテルの部屋で音楽を聴いたり(mp3プレイヤーを持参していました)、タイ語はわからないままにタイのテレビ番組を見たり、NHKの国際放送(日本語)を見たりして過ごしました。

術後はすっごくおそるおそる歩いていたおじさんですが、帰国後1週間後(手術から3週間後くらい)には何とあるロックバンドのライヴに行って軽くぴょんぴょんしたのでした。全然元気。すげーな身体の回復力。いっぱい歩いたのがよかったみたい。

て訳で、内性器摘出術は無事に終わりました。次回からは、ちんちんをつくる手術……の準備のための手術のお話をしましょう。

 

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