おじさんがおじさんになるまでの話

おじさんは昔おじさんではなかった。それどころか、男の子でさえなかった。男の子に生まれなかったおじさんが、いかにしておじさんになったかを少しずつお話ししていきます。

松本市でまぶたを切る〔2〕

ごきげんよう、筋力を鍛えてもストレスと戦うときには特に役に立たないことを実感しているおじさんです。

さて、今回も宣伝からです。

おじさんの2本目の小説がKindleで販売されています。『あの日、階段の向こうに見た大きな』という400字詰原稿用紙にして40枚くらいの短いお話です。どうぞよろしく。

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さて、前回は、タイでの性別適合手術(1回め)から帰国した後、眼瞼下垂を診てもらうために信州・松本市まで出掛けたおじさんは、約半年後に手術を受けることになりました。というお話でしたね。

時は2006年。この頃のおじさんは割りと元気だったので、タイ(飛行機で片道5時間)でも松本市(高速バスで片道6時間)でもどんどん行っちゃったのです。後々元気でなくなる時期があるのですが、それはまた別のお話としましょう。

今回は、手術のために松本市を再訪したところからお話ししますね。

病室は個室

おじさんが眼瞼下垂の手術をしてもらうために松本市を訪れたのは、8月の半ば。盆休みが明けた頃です。病院に朝早くに来るようにと指示されたのですが、その時間に到着できる高速バスがなかったので、病院の近くにビジネスホテルを取って前泊しました。

手術を受ける病院は信州大学医学部附属病院とは違う病院です。執刀医が出張してきて、別の病院で手術を行います。こういうことはよくあるみたいですね。少し前にお話しした、おじさんの逆まつげの手術。あれも診断を受けたのとは違う病院で施術してもらったのでした。

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当時、おじさんは既に男性の姿で男性として生活していましたが、戸籍上はまだ世を忍ぶ仮の女性でした。同室者や入院病棟職員らが混乱を来さないようにと、その旨を予め担当医であるM医師に申し出ていたので、病室は個室を与えられました。

個室料金はもちろん支払う訳ですけども、もともとおじさんは自分の周囲に人がいると、たとえ親しい人でも疲れてしまう性質なので、一人で気兼ねないのは有難いものです。

手術は局所麻酔

荷物など整えて、術衣に着替えますと、早速手術の用意です。まず目の周囲に粘着テープを貼ります。これは予備麻酔です。

眼瞼下垂の手術は局所麻酔で行います。これには理由があるのですが、後でね。麻酔は注射で行います。眼瞼下垂の手術ですから、眼瞼、つまり目蓋の周辺に麻酔注射をします。読者のみなさんにも想像がついたかと思いますが、すっごく痛いです。

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すっごく痛いので、その痛みを緩和するための麻酔が、最初に目に貼るテープです。麻酔のための麻酔をする訳です。この麻酔のための麻酔のおかげで麻酔注射が痛くなくなるかと言うと、そんな訳ねーべ。痛いのは痛いよ。めちゃくちゃには痛くない、程度です。

局所麻酔が効きづらい体質の上に、普段から向精神薬など服用しているおじさんは、既に手術中に麻酔が効かないという地獄のような経験をしているので、予めM医師にその旨を伝えていました。「服薬を控えなくても大丈夫ですか」と何度も訊ねました。

そのたびにM医師は「酒を飲まないなら大丈夫」と繰り返しました。おじさんはまったくの下戸で、普段から一滴も飲みません。だから普段通りに服薬して、手術に臨みました。

手術中に問答

眼瞼下垂は上の目蓋にある眼瞼挙筋という筋肉が伸びてしまって、目蓋がしっかりと開けられない状態。だから伸びた筋肉を少し切って、短く詰めます。スカートの腰周りを詰めてワンサイズ小さくするみたいな。

だから、上の目蓋を切開します。目の周辺にした麻酔注射はさすがにしっかり効いていて、切開は痛くありません。「痛くなってきたら教えてください」という歯医者さん的なことも言ってくれましたので、ある程度安心して手術台の上におりました。

 

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でもね、見えているものも見えていないものも、手術のときって「切ります」って教えてくれるのね。ちょっと怖い。

手術中は目を閉じています。目を閉じた状態で目蓋を切開して、その中身をごにょごにょしてくれるのですが、途中で言われるんです。

「ちょっと目を開けて」

切開してから、縫合するまでの間に言われます。目蓋切れてる状態で目を開けるんですよ。おじさんビビりました。M医師が仰るには「どれくらい詰めれば(どれくらい切除すれば)いいのか確認するため」。目を開けたときの目蓋の位置を確かめるんですね。

これをやらなければならないので、局所麻酔なのです。全身麻酔で眠ってしまうと、手術の途中で目を開けたり閉じたりできませんから。でも切開された目蓋動かすの怖えーちょー怖えー。

キレた

そんな感じで、ときどき(おじさんが)ビビりながらも手術は滞りなく進んでいったのですが、少しずつ魔は忍び寄ってきていたのです。

痛くなってきた。

多少の痛みは我慢しなくちゃいけないよね。切ってるんだから痛いのは当たり前だよね。なんて思うのですが、麻酔を追加してもらっても効きはじめるまでに時間がかかりますから、早めに申告しておかないと激痛に見舞われかねません。

だからおじさんは言いました。「先生、痛いです」。すると執刀中のM医師はちょっと慌てた声で仰いました。

「あと縫うだけだから待って!」

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縫うのが痛いんでしょ!
針で何度も刺すんでしょ!
目蓋だって既に刃物で切り開かれてるでしょ!

麻酔は追加してもらえなくて、おじさんは両方の手の指を全開にして耐えました。限界までパーにした手の指の、第1関節だけが曲がっている状態を想像してください。このときのおじさんの手はそんな状態です。

麻酔が切れてくるので、痛みは増してきます。痛いので涙が出てきます。すると。

「泣かないで! 涙が傷に入るとよくないから」

痛えんだよ。痛いから勝手に涙が出てくるんだよ。泣いちゃいけないなら麻酔を追加しておくれよ。と、言いたいけど、言えない。痛くて歯を食いしばっているので、ものも言えません。

最後にちょっとだけ、麻酔を追加してくれました。あんまり涙が溢れてきたからでしょうか。

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そんな強烈な痛みですから、解放されると「ほっとする」を通り越してぼんやりしてしまいます。すっかり疲労困憊です。そんな術後のおじさんに、M医師は言うのです。

「あなた、お酒飲むでしょ?」

飲まねーよ。酒は飲まないって何度言ったかしらん。酒は飲まないけど薬は服んでるよって話をしつこくしたよね? 以前、麻酔が効かなくてひどい目に遭ったって話したよね?

と問い詰めたい気持ちはあったけれど、ぼんやりぐったりしているので口も聞けません。とにかく、手術は終わりました。

一泊して退院

術日は入院して、翌日の午後退院です。傷というものはたいてい腫れるものですが、顔のパーツが腫れていると目立ってしまいます。できるだけ腫れを早く引かせるために、病院では氷水を用意してくれました。それにガーゼを浸して絞り、目の上に乗せてくださいとのこと。

左右両眼とも手術を受けたので両目を冷やします。起きている限り冷やし続けました。目にガーゼを乗せて冷やすということは、何も見ることができないということです。見えるものがないというのは存外つまらないものです。

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翌日の午後には退院ですが、退院しても帰阪するバスが夜までありません。少しだけ松本城を観光して、おじさんは駅前のインターネットカフェに入りました。夏のまだまだ暑い時期だったのでシャワーを使わせてもらったのですが、そこでおじさんはびっくらこくのです。

シャワールームにある鏡を覗いて愕然。手術箇所は腫れよりも血が目立っております。縫合糸が血塗れで、それが乾いて褐色にこびりついていて、縫合糸も目立つし血も見えるし腫れてるし、かなりホラーです。そういえばサングラスを持参するようにって病院から言われてたっけ(持参してない)。

今日すれ違った人たちごめんねー、とか思ったけど、誰もおじさんの顔なんか凝視してないよな、とも思ったり。かさぶたが取れてしまうまではずっとホラー顔です。お出掛けできないじゃん、と思う人もいるのでしょうが、おじさんは気になりません。だっておじさんからは見えないから。

帰郷してその後

縫合糸は抜糸の必要がないやつでした。だから、余程傷の具合が悪いというのでもなければ通院の必要もありません。しかしM医師は手術のでき具合を見たいから半年後に来て、と仰っていましたので、おじさんはさらに半年後にもう一度松本市を訪れます。また春頃ですね。

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予後は良好で、特筆すべきこともなく、傷もきれいに治っています。M医師は形成外科医なので、審美的なできにもこだわって上手に形成してくれるお医者のようです。でも「こうした方がかわいいよね」的感覚で自分好みの目のかたちをつくってしまう傾向もあったようです。

で、みな一様に二重まぶたになってしまうのですな。おじさんはもともと一重で疲れたときだけ二重になってしまうタイプでしたが、手術を経て割りとはっきりとした二重になってしまいました。それがちょっと残念だったかな。おじさん自身は一重の方が好きなんです。

ちょっとだけ期待していたうつの軽減も、特にないままです。見違えるように視界が広くなった、ということもないし、結果としては二重になっただけ?

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