おじさんがおじさんになるまでの話

おじさんは昔おじさんではなかった。それどころか、男の子でさえなかった。男の子に生まれなかったおじさんが、いかにしておじさんになったかを少しずつお話ししていきます。

性別移行の狭間のお話〔個人史10〕

あけましておめでとうございます。大みそかの昼食にうっかりそばを食べてしまったおじさんです。

「正月は死出の旅への一里塚めでたくもありめでたくもなし」と一休禅師は詠いましたが、それを踏まえてもおめでとうなのが正月であります。みなさんにも私にもよい1年がありますように。

さて、埼玉医大答申の報道と運命の出会いをしたおじさんでしたが、当時はまだおじさんもおじさんではなかったので、若さとその勢いで以てトランジションをぐいぐい進めていきます。どんな体験と行動をするのか、見て参りましょう。

「世を忍ぶ仮の女性」のおしまい

1996年秋。おじさんはトランジション(性別移行)を決意しました。最初のうち、何をしていいのかわからないのは、どんなことも同じ。まずは情報収集です。

とは言っても、当時はまだインターネットは普及しておらず、電話回線を使用してのパソコン通信が主流だった頃。情報の入手先がとても少なかった。

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おじさんも専ら『FTM日本』に頼りきりでした。作家でトランス男性でもある虎井まさ衛氏が、日本のトランスジェンダーらのために情報提供・情報交換できる場としてのミニコミ誌を季節に1回(年4回)発行してくだすっていたのです。

そこには当時の最新の情報、医療や医療器具、学説などの知識と、当事者同士の情報交換――関西ではこの病院がホルモン注射をしてくれるとか、注射の相場は○○円とか――もろもろの情報がありました。この冊子で基礎知識を得て、情報を得て、ほかの当事者たちが何をしているのかを知り、自分の方向性を探っていきました。

ただ……この頃のおじさんは若かった。自分で「もう若くはない」と考えるくらいに若かった。若さは焦燥を生むのですな。

若い未治療のトランスさんがたいていそう考えるように、おじさんも「早くホルモン治療をはじめたい」、「早く性別適合手術を受けたい」と思うようになりました。若いもので「早く」てのがつくんですな。慌てなくても、自分は逃げない(はず)のに。

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そして、手に入る情報が増えるごとにわかっていくのです。性同一性障害の治療には、とにかく金がいるということが。

そういった理由で、おじさんは会社が引けた後にアルバイトに出ることにしたのです。生まれてはじめて履歴書に「男」と書いて。世を忍ばない男性としての生活が、部分的(パートタイム)ながらはじまるのです。

同じ人同じ施術で料金変わる

実を言うとですね、アルバイトの面接を受けに行くよりも早い時期に、おじさんは髪型を変えていました。学生時代からとんと変わらなかったベリーショートをスポーツ刈りにしたのです。後頭部5厘刈りの、一番短く刈るやつです。

馴染みの理髪店でスポーツ刈りにしてもらったのですが、ここは中学生のころから通っていたので、おじさんの世を忍ぶ仮の女性時代をよく知っている訳です。仮にも女の子をスポーツ刈りにしてしまっていいのかを戸惑っていたらしく、理髪師さんはバリカンを入れる前に「ほんとにいいの?」と何度も聞いてくれました。

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▲スポーツ刈りおじさん

もちろんOKで刈ってもらったのですが、もしかしてこれ毎回訊ねられるのかなと、あまり理髪店では話しかけられたくないタイプのおじさんは、次回からは黙ってすわれば勝手に指定の髪型になる系のお安い理髪店に移ったのでした。

するとおもしろいことがわかりました。

女子の立場で理髪店に行くと、顔剃りをするか否かを訊いてもらえます。そして、顔剃りをお願いすると顔剃り料金が割り増しされます。男性として理髪店に行くと問答無用で顔剃りされて、顔剃り料金は調髪料金に込みなのです。

つまり、同一人物がまったく同じ内容のサービスを受けても、女子としてサービスを受けると数百円余計に支払わなくてはならないのです。おもしろいなー。

さらに後に、(男性の立場で)現在のおじさんのようにつるつる坊主に剃髪してもらうと、女子の顔剃り料金込みの値段と同じ調髪料金を支払うことになるということがわかりました。おもしろいなー。

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▲現在のつるつるおじさん

だから、性別で料金を変えているのではなく、「調髪」と「剃り」の比率で料金が変わっているのですね、多分。鋏で揃えるより剃刀で剃る方が余計に料金がかかるとか何とか。じゃないかな。しらんけど。

こんな風に、女性の立場・男性の立場の両方を経験するトランスジェンダーだからこそ知ることができる事実や体験できることなんてのもあって、トランスジェンダーに生まれるのも悪いことばっかりじゃないね、と思うこともしばしばです。

先立つものはいつも先立つ

 そんな体験もしつつ、そしてこのブログの最初の方に書いた「ホルモン注射をしてくれる病院を電話帳で探す」というちょっとした苦労もしつつ、おじさんは「自分には性別適合手術が必要」という案件に行きつき、「手術のためにはお金が必要」という事実に行きつき、「お金を貯めるためには余計に働かねばならない」という現実に行きつくのです。

先立つものはいつもお金。お金はいつも先立つもの。先立つものを確保するためにおじさんはこれから苦難の道を進むのです。蛮人とか未来少年とか名探偵とか(それはコナン)。

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