おじさんがおじさんになるまでの話

おじさんは昔おじさんではなかった。それどころか、男の子でさえなかった。男の子に生まれなかったおじさんが、いかにしておじさんになったかを少しずつお話ししていきます。

性別が変わるってどんなこと?

ごきげんよう、近頃紙に漢字の書き取りをしているおじさんです。

ようやく性別適合手術のすべてを終えたおじさん。さあ、これから心身ともに自認の性別として順風満帆の生活が待ってるぞ!……て、そんな訳ないのです。どうして?と思いますか?

どうしてかお話ししていきましょう。

実は既に男性だった

おじさんね、手術が全部終わる前に既に男性だったの。

どういうことかと言うと、戸籍上の性別は手術が終わる5年ほど前に法的手続きによって訂正して、男性になっていたんです。だから、腕トンネルの手術をした頃はまだ戸籍上は女性だったけど、ちんちんつくる頃には既に男性でした。

おじさんが住んでる国(日本ていう国なんだけど)には「性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律」という長い名前の法律がある、ということは、このブログでもお話ししたことがありますね。

この法律では、戸籍上の性別を訂正する要件を次のように定めています。

  1. 二十歳以上であること。
  2. 現に婚姻をしていないこと。 
  3. 現に未成年の子がいないこと
  4. 生殖腺がないこと又は生殖腺の機能を永続的に欠く状態にあること。
  5. その身体について他の性別に係る身体の性器に係る部分に近似する外観を備えていること

20歳以上の未婚かつ自分の子供がいない人で、生殖腺(精巣や卵巣)を切除したり、機能していなかったり、最初からなかったりして、股間の見た目が訂正したい性別のものに似ていたら、戸籍上の性別を訂正してもいいですよ、ということです。

5つの要件がそろっている人は裁判所に申し出て、審判を受けることで性別を訂正することが可能です。申し出るときには1~5を証明する書類を提出しなければなりません。戸籍だとか、4と5については専門医の診断書ですね。

おじさんの場合は既におじさんだったし、結婚したこともなければ出産したこともないので1~3の要件は満たしています。さらに、10年ほどホルモン剤の投与を受けた上に内性器摘出術(子宮・卵巣を切り取る手術)を受けていますので、要件の4と5もOKです。

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▲裁判所から来た「戸籍訂正したよ」

あれっ?と思った人もおられるでしょう。性器はどうなのよ、陰茎形成術を受ける前だとちんちんがないだろ、て。しかし、上記の引用部分をよく読んでみてください。性器はまったくその性別のものでなくてはならないとは書いていません。

「性器に係る部分に近似する外観を備えている」、つまり見た目がよく似ていればいいんです。

おじさんは先ほど述べたように10年ほどホルモン剤の注射を続けています。男性ホルモン剤を身体に入れているのです。そうすると、体毛が増えたり筋肉が増えたり赤血球が増えたりという変化が身体に表れるのですが、その変化の中に「陰核肥大」というのもあります。

「陰核肥大」とは読んで字の如く、陰核つまりクリトリスが大きくなるってことです。男性ホルモン剤を身体に定量入れ続けると、クリトリスが大きく育って、人によっては親指大にまでなると言います。おじさんはそんなに大きくならなかったけど。

こうして育ったクリトリス尿道を通すなどして、ちんちんにつくり変える手術もあります。このちんちんだとネイティブ男性ほどではないけど、勃起できますね(射精は生殖腺がないのでできない)。

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ホルモン剤は身体のかたちも変える。

手術していなくても、肥大したクリトリスが「ちんちんに見える」なら、5の要件を満たしていると言えます。おじさんを診てくれた専門医は「見えます」と診断書に書きました。それをおじさんは裁判所に提出しました。結果、戸籍の訂正が認められて、法律上も男性となったのです。

これが、二度目の渡タイの年のおしまいのことで、裁判所からOKが出たのが翌年早々のことです。だから三度目の渡タイの前にはパスポートもつくり直しました。無効になった「女性」のパスポートも記念に取ってありますけども。

性別を訂正するということ

だからおじさんの場合は、ちんちんがついたから「よーし男性になったぞー」てことではなかったのです。だって、考えてみてごらんなさい。ちんちんがついてるかついてないかなんて、パンツを脱いで見せない限り自分以外の人にはわからないんですから。

戸籍だってそうです。書類上の活字一ト文字が変わっただけのことで、お役所で書類を閲覧したり発行してもらったりしない限り、これも誰も知り得ません。「あいつ性別怪しいぞー」ってわざわざお役所まで出掛けて戸籍を確認する人って、どれだけいるでしょう。

だから、服を着た状態の外観が自認の性に近ければ、あるいは全然近くなくても「自分は(自認の性)です」と言い切り相手に納得させることができるなら、生活の上で書類が絡まない部分ではあまり困ることはないんです。

じゃあ、何で手術したの?てことですが、これもこのブログの最初の方にお話しした通り、「自分の身体に強い違和感がある」からです。

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▲自認の性と身体の性の間にある「ずれ」が耐え難い。

私たちが日常の中で言う「性別」て概ね2通りあります。「身体の性別」と「社会的な性別」ですね。自分とほかの人との関係の中で言われるのは「社会的な性別」です。周囲の人が自分をどの性別として認識して、態度に表してくるか。

おじさんを男性だと思っている人はおじさんが男子トイレに入っても何も言わないし、レディースデーに「レディース割引使いますか」とは訊いてくれないし、スカートをはけば妙な目で見てくれます。

おじさんを女性だと思っている人はレディースオンリーの特典をつけてくれたり、マタニティ下着を勧めてくれたり、髪をスポーツ刈りにしたいと申し出ると「ほんとにいいの?」と何度も確認してくれたりします。

おじさんは生まれてからいままで変わらずずっとおじさん本人なのに、どちらも経験があります。

幼い頃から年令を経るに従って男性扱いの方が断然多くなってきました。成人する頃には女性でいることに無理が出てきました。ほぼすべての人が男性扱いしてくる中でいちいち「女性です」って自認と異なる訂正(≒うそをつく)をしてらんねーよ、てことです。信じてもらえないことも多かったし。

この状況を解消するために、戸籍上の性別の訂正が必要になります。法律上、男性であれば、男性を名乗って不具合が起きる場面はありません。

一方、手術は、自分が持っている自分自身の身体への違和感を解消する手段です。

上の引用記事でもお話ししましたが、自認している性と身体の性との「ずれ」がどうにも我慢できなくて苦痛なので、手術を受けた訳です。

こうしてみるとおわかりの人もおられるかと思うんですが、いわゆるトランスジェンダーの人で、性別適合手術は必要ないという人は、とても多いんです。性別違和を感じている人のみんながみんな手術したい訳ではなくて、むしろ手術を望む人の方が少ない。

ただ、手術は必ずしも必要ではないのだけど、戸籍上の性別訂正はどうしても必要で、でも日本の法律では「生殖腺がないこと又は生殖腺の機能を永続的に欠く状態」でないと性別訂正はできないので、仕方なく生殖腺をなくす手術を受けるという人もおられるようです。

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「生殖腺をなくす手術」って、断種手術ですよね。日本で性別違和を持つ者が自認の性で生きるためには、身体を切って健康な臓器を取り出さねばならず、自分の子をなすことを諦めなくてはならないということです。

性別を訂正して変わったこと

特にありません。

というのが実のところです。前の項で「ちんちんがあるかないかはパンツを脱がなきゃわからない」、「戸籍上の性別はお役所に行って手続きしなきゃわからない」ということを述べました。

このことからみなさん既におわかりのことと思いますが、手術を受けたからと言って、戸籍を訂正したからと言って、自分の周囲の何かが変わることはありません。

これはおじさんの場合ですが、変わるのは自分の心持ちだけです。自分が認識している自分の身体のかたちに、より近づいたという安心感がある。それだけです。言ってしまえば、性別適合手術は自分を安心させるための、それだけのための自己満足の手段です。

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しかしそれは、何ものにも代えがたい安心です。この安心、この安定感がなければ生きていくのは難しかった。それは確かです。だから、現在は手術の後遺症で生活が少々難儀なのですが、それでも手術を受けてよかったかな、と思っています。

性別適合手術を受けても傍目には何も変わりません。術後の人生を変えたいなら、この安定感を頼りに、自分から周囲に働きかけて変えていかなければならないでしょう。性別適合手術を受けたら人生が変わるんじゃなくて、人生を変えられる自分になれる可能性が出てくる、ということです。

他方、性別適合手術を受けて後悔している人たちもいます。予後がよくない、後遺症がひどい、望んだ結果ではなかったなど、理由はさまざまでしょう。これから性別適合手術を受けようと考えている人は、この事実も合わせて考えてください。

「性別」についてのお話が長くなってしまって、陰茎形成術を終えての帰国後のお話ができませんでしたが、次回、必ず!

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